2018年4月20日 (金)

ブログのお引越しについて

この度、このブログをはてなブログの方にお引越しいたしますm(__)m

今までココログをお楽しみいただいた皆様ありがとうございます。
これからも「学校って必要なの?」はコチラのリンク先で継続していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

2018年4月15日 (日)

地毛が黒以外の生徒に黒染め要求、高校で17% …「ブラック校則」調査結果を発表

学校の理不尽な校則や指導を調査し改善につなげようと、NPO有志で発足した「”ブラック校則”をなくそう!プロジェクト」は3月8日、10ー50代の男女計2000人を対象に、中学時代と高校時代の理不尽な校則や指導経験を調べたアンケート結果を公表した。
生まれつきの髪色が黒以外の人の中で、黒染めするよう要求された人は、中学校では9%、高校では17.6%にのぼり、年代別に見ると、年代が若い方が黒染めするよう要求された割合が高くなっている状況が明らかになった。
●黒染め要求、若い年代ほど多く
アンケートは同プロジェクトが2018年2月に調査会社を通じてウェブで実施。15歳〜50代の男女を人口動態の比率に合わせてランダムに抽出し、1000人には中学時の経験(調査A)を、別の1000人には高校時の経験(調査B)を聞いた。
生まれつきの髪色が黒髪以外の人は、中学時の経験を聞いた調査Aで12.1%、高校時の経験を聞いた調査Bで11.9%といずれも全体の1割強いたが、そのうち黒染めするよう要求された人は、中学時では9%、高校時では17.6%にのぼった。
さらに年代別に見ると、50代の人が中学生だった時に黒染めを要求された割合は0%だったのに対し、10代では2.5%が要求された経験があった(調査A)。50代の人が高校生だった時に要求された割合は0.9%で、10代だと6.3%まで割合が高くなった(調査B)。
これについて同プロジェクトのアドバイザーである評論家の荻上チキさんは、「ここ数十年で染髪剤も普及して、黒染めも技術的には容易になっていった。黒染め要求が指導の名のもとに選択される機会が増えたのではないか」と話した。
●「禁止すべきは体罰だけではない」
また、中学時の校則の経験について年代別に見たところ、「体育や部活時に水を飲んではいけない」という校則は若い世代になるほど経験率が下がったが、「スカートの長さが決められている」「日焼け止めを持ってきてはならない」などは経験した人の割合が増加していた。
中学時の理不尽な指導については、「強く叩かれた」が50代で14.5%だった一方、10代は2.5%に止まるなど、体罰や廊下に立たせる、正座させるなどの指導経験は若くなるほど減少する傾向が見られた。高校時の校則や理不尽な指導の調査でも同様に、時代ごとに変化が見られた。
荻上さんは「社会的には体罰は禁止しようという流れがあるが、禁止すべきは体罰だけではない。本人の自尊心を傷つけ、プライバシーに配慮しない形で叱責することも、一つの人権侵害だという理解が必要だと思う。
体罰については『おかしい』という社会的な風潮が出て来たり、文科省が通達を出すことで現場でも改善されてきたが、なかなか指摘されてこなかった校則や理不尽な指導は増えているという状況も見えてきた」と話した。
インターネット署名サイト「change.org」で行っている「ブラック校則」に関する署名活動では、2万9千人(3月8日午後5時現在)を超える署名が集まっており、同プロジェクトは調査結果をまとめた報告書と合わせて、文部科学大臣宛に署名を提出する予定。
引用:リンク




中 竜馬 

小学校に部活動? 全国の実態に迫る 名古屋市における「廃止」の決定から部活動の未来を考える

以下引用(リンク
■名古屋市立の小学校で部活動が「廃止」に
 今月の5日、「市立小学校の部活廃止 名古屋」という見出しが、ヤフーニュースのトップページにあがった。名古屋市が教員の多忙化解消を目的として、小学校の部活動を2020年度限りで廃止するという内容で、各紙・メディアも続々とこの話題をとりあげた。
 これまで部活動改革にたずさわってきた立場としては、名古屋市の小学校で長くおこなわれてきた部活動が「廃止」になるというのは、かなり衝撃的な知らせであった。
 他方で、ネット上や私の周りでは、それとはまったく別の驚きの声が聞こえてきた。「そもそも小学校に部活なんてあるの?」といった声だ。「廃止」かどうかという以前に、小学校で部活動がおこなわれていること自体が初耳だというのだ。
 小学校の部活動の全国的な実態は、いまだほとんど明らかになっていない。本記事では、その実態の一端に迫りつつ、小学校部活動のこれからを考えてみたい。
■学習指導要領には記載なし
イメージ ※提供:無料写真素材 写真AC
「そもそも小学校に部活なんてあるの?」という疑問に対しては、小学校時代の部活動経験者からは、「他の地域には部活ないの?」と、逆に驚く声も多く聞かれた。
中学校や高校に関していうと、部活動は国の学習指導要領に「学校教育の一環」と明記されており、実際に全国のほとんどすべての学校に部活動が設置されている。だが、小学校の学習指導要領には、部活動に関する記載はない。つまり、完全に学校任せ、地域任せなのである。
 全国的には、小学校で部活動があるのは限られた地域・学校のみである。とは言っても、きわめて限られているというわけではなく、小学校の部活動経験者も少なくない。冒頭に紹介した記事にも書かれているように、政令指定都市についていうと、名古屋市以外にも京都市や熊本市でも、部活動が広範におこなわれている。
 名古屋市の場合、市立の全261校で部活動が設置されていて、4~6年生の7割が参加しているという。また、名古屋市を除く愛知県でも、全公立小学校のうち8割で部活動が実施されている(2018年3月5日 中日新聞)。
 その他にも、京都市立の小学校では166校のうち97.6%にあたる162校で部活動が運営されており、5・6年生の加入率は69.3%にのぼるという(「平成26年度 教育委員会行政視察について」)。
 
■全国の実態は?
小学校5年生における運動部等の所属状況 ※「平成29年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査報告書」に掲載されている表を転載
 全国の小学校における部活動の活動実態は、ほとんど明らかになっていない。これまでの部活動に関する調査や施策は、基本的に中学校・高校を対象とするものであり、小学校はそもそも対象外であった。
 幸いにして2016年度以降、スポーツ庁の全国体力・運動能力、運動習慣等調査において、部活動の参加状況が児童に質問されるようになったため、実態の一端が見えてくるようになった。データは「運動部」に限られるため「実態の一端」にすぎないものの、全国の状況がおぼろげながら見えてくる。
 同調査では、全国すべての小学5年生が質問に答えている。2017年度の調査において、「学校の運動部や地域のスポーツクラブに入っていますか(スポーツ少年団をふくみます)」という質問に対して「運動部」と回答したのは、公立校小学校で見てみると、男子児童が29.4%、女子児童が19.9%である。男女平均すると24.7%で、全国のおおよそ4人に1人の小学5年生が、運動部に所属していることになる。
〈省略〉
■部活動を学校から切り離す
 小学校の部活動とは言え、基本的に大会やコンクールがある。それに向けた激励会を定期的に開催している学校もある。各部活動の選手団入場の際には、「吹奏楽部」が入場曲を演奏する。中学校や高校の部活動と変わらない日常が、そこにある。
 だが、名古屋市は「廃止」の方向へと舵を切った。また熊本県(熊本市を除く)も2018年度末までに、地域スポーツに移行することを計画している(2016年3月17日 西日本新聞)。
 名古屋市については「廃止」とは言うものの、熊本県と同じように、別の受け皿を想定している点には留意したい。名古屋市では、具体的には元教員や地域住民、競技団体、大学などにはたらきかけて、指導者の人材バンクを設置し、新たなかたちでの指導を実現させるとのことである(2018年3月6日 朝日新聞)。
■小中高部活動のこれから
 今回の名古屋市の決断は、運動部に限らず文化部を含めて、小学校の部活動を丸ごと学校から切り離そうという試みである。教員の多忙が懸念されるなかで、小中高を問わず、部活動をできるだけ学校外へと移譲していくという選択は、もはや避けられない(拙稿「学校から部活がなくなる? 完全外部化の是非」)。
 他方で学校外での活動は、全国的にもまだまだ整備が進んでいない。今月7日にも、地域のスポーツクラブにおける指導者による中学生への暴行事案について、その責任体制の未整備が話題になったばかりである(2018年3月7日 中日新聞)。
 名古屋市における小学校部活動は、2020年度いっぱいの廃止に向けて、一気に外部化への動きを加速させていくだろう。小学校の部活動は地域任せだったからこそ、こうした大胆な方針を打ち出すことができたと考えることもできる。名古屋市のこれから数年の動きは、今後数十年かけて改革が進むであろう中高の部活動の行方を占う試金石になると言える。




穴瀬博一

2018年4月14日 (土)

15歳の少年にとっての「仕事」とは

〉あえて高校に行かず15歳で「コーヒーショップ」を構えた少年
は、記事で知っていたが、その後、
〉持ち前の鋭い嗅覚と味覚をいかして焙煎されたコーヒーは地元で評判を呼び、ネットの記事がきっかけで市外からのお客さんが訪れるようになった。
1週間ぶんの豆を1日で売りきるという大盛況ぶり。
焙煎への熱意と独学で身に付けた技術は、あの伝説の大坊珈琲店の大坊勝次氏も一目を置いているという。
と、大盛況。その裏には、日に11時間焙煎に向き合い、週400kgペースの豆をさばく彼の『仕事』がある。彼にとっての仕事とは?
〉15歳の少年にとっての「仕事」とはリンク
お話をうかがっていて、岩野さんのコーヒーに対する姿勢の真摯(しんし)さや洞察の鋭さ、考えの深さに改めて驚いた。
とても15歳の少年とは思えない。
世間一般の15歳といえば遊び盛りの真っただなか。
勉強を放り出して、友達とゲーセンに行ったり近所のコンビニでダベったり。
そんな同年代の子達を岩野さんはどう見ているのだろう?
楽しそうだとは思うんです。でも、僕は美術や文化を学んだりするのが好き。コーヒーって文化ですよね。国ごとに違って、日本にも独自の喫茶店文化があります。それが焙煎を仕事にする前から好きだったんですよ。
いくら好きだとはいえ、岩野さんだって15歳の少年だ。
焙煎室にこもるコーヒー漬けの毎日にマンネリを感じたり、同世代の子たちの姿を見て遊びたい気持ちが湧き上がるでしょう。
例えばの話、僕に障がいがなく普通に学校に通っていたら、あんな感じだっただろうって思うことはあります。ただ、遊びたいというのはないんですよ。以前からいろんなことをやってきたけれど、何も長続きしなかった。飽きるっていうのは無理があるっていうことだと思うんですけれど、コーヒーに関しては嫌々じゃない。常に新しい発見ができる。最近は自分の思いをコーヒーに込められるようになってきたので、また違う楽しみが出てきました。
そんな焙煎士という仕事を、そして、コーヒーのことを、岩野さんはどんなふうに考えているのか聞いてみた。
豆を生かすも殺すも焙煎士の力次第なので、責任のある仕事だと思います。農園の方がどんなにおいしく作っても、お客様が丁寧に入れても、焙煎士がおいしく焙煎できなければまずいコーヒーになってしまうので、つねに真剣に取り組んでいます。僕はコーヒーを通して世間とつながることができて、お客様と会話もできる。お金もいただける。コーヒーで居場所を確立できる。「生きている価値」っていう感じですよね。そのうえで、こだわったコーヒーをお客様に飲んでも




花山薫

知識を詰め込むほど、人間的にどんどんダメになっていく

多くの知識を詰め込むことが評価されがちな日本だが、本当に大切なのは思考力。むしろ知識があることで、人間的にどんどんダメになっていく。知識と思考力は反比例するからだ。
『思考の整理学』の著者、外山滋比古氏が警鐘を鳴らしている。
以下、リンクより抜粋。
>だいたい、勉強といえば本を読むことだと思っていること自体が大間違い。知的な活動の根本は記憶によって得られる知識ではありません。
>試験の成績がいいことを才能だと、日本人は考え違いをしている。
>他の人が知らないことを知っていたりすると、優越感を持ったりするでしょう。本好きな人は知識があることで人間的にどんどんダメになっていく。
>知識と思考力は反比例します。知識が多い人ほど考えない。知識を自分のもののように使っていると、物マネ癖がついてしまいます。
>多くの知識を詰め込むことが評価されがちな日本だが、本当に大切なのは思考力。他人が考えた知識や思考を真似ることではない。
>人間、知識をため込むだけではダメ。生活に根ざした自分なりの考えを持ってこそ人間なのです。
確かに教育の現場でも、小学生<中学生<高校生<大学生<社会人、と知識が増えていくにつれて、自在に物事を考える力が低下していっている。「沢山の知識を持っている人ほど、人間として優れている」という誤った常識が、私達の思考力を奪っている。
 




匿名希望

2018年4月 6日 (金)

日本の学生、大学、企業を骨抜きにした就職活動における「負のスパイラル」の正体

リンクより抜粋します
***********************
■企業は成績をあてにせず、面接で合否判断
「勉強より課外活動重視」の学生が増加
現在、多くの企業の採用活動では大学の成績を参考にしないので、市販のテストや、エントリーシートで足切りをして、その後は面接で合否を判断します。
面接での質問は、
「学生時代にチームで何かを成し遂げたことはありますか?」
「アルバイトは何をやっていたのですか?その中でどんなことを学びましたか」
「大学時代に一番力入れたことを教えてください。そこで身についたことを教えてください」
「友人からはどのような人だと思われていますか。それを表すようなエピソードを教えて下さい」
「自分の長所は何ですか?それを表す具体的なエピソードを教えて下さい」
というようなものです。
企業は面接で人物像を判断する必要があるため、具体的なエピソードや、例を話すように学生に求めます。学生は、具体的なエピソードを話しやすいサークル活動やアルバイト等の課外活動の経験を話すことになります。
面接の会話内容で合否が決定するので、学生側もそれに対応するために様々な課外活動に力をいれます。留学経験者や学生起業家、世界一周旅行者などを面接の会場では多く見かけます。
大学生は、楽に単位をくれる授業を選択して、できるだけ課外活動に力を入れるようになります。学生にとっては、授業よりも課外活動に力を入れている方が楽しいし、就職活動を考えるとその方が有利になります。
■熱心に授業をするほど嫌われる先生たち
学生はつまらない授業に居眠り、私語
学生の教育や育成に力を入れようとすると、必然的に事前の課題も出すでしょうし、授業中には学生を指名して質問もするでしょう。また宿題やレポート等を出す必要もあります。それに定期試験も、きっちりした厳正なものになるはずです。中学や高校の授業は一般的にそういうものです。しかし、大学では学生が自分で授業を選択するので、このような先生の授業を学生は選択しない傾向があります。
このような先生は「厳しい先生」「面倒な授業」などと言われ、選択する学生が減ります。一方で、教育に力を入れれば入れるほど、自分の研究に使える時間が減ります。自分が頑張れば頑張るほど、学生も研究時間も減るのです。
しかし、毎年同じ講義を一方的に話し、課題も出さず、ある程度出席さえしていれば単位を自動的に出す先生は、自分の授業をとる学生も多く、適当に教育をしているだけなので研究にかけることのできる時間も多いのです。
これは、ビジネスマンでいえば、仕事に力をいれたら、顧客からは逆に評価は下がってしまい顧客は離れていくようなものです。
今の大学の授業風景を学生に聞いてみると、授業をまともに聞いているのは前の一列に座っている学生だけだそうです。残りの学生はほとんどがスマートフォンをいじっているか、机に突っ伏して寝ているみたいです。中には先生の声が聞こえないほど、私語の多い授業もあるそうです。それでも先生は何事もないように授業をすすめています。
また試験では、普段は教室内にまばらに人がいる程度なのに、試験のヒントがもらえる可能性の高い最後の授業と当日の試験の時だけ、人が入りきらないほどの学生が出席するようです。
試験の内容も、毎年同じテストをし、テストは記述の中に一定の語句があれば合格という先生もいます。そういう先生の試験は毎年過去問と答えが出回っていて、それを覚えれば誰でもいい成績がとれる状態だったりします。
■学生、大学、企業が個々のメリットを求めることで
「負のスパイラル」が起こる
今、大学はこんな状態ですから、もちろん企業は学生の成績を採用の参考にすることができません。成績を参考にできないので、面接や自社の実施するテスト等で合否を判断する必要があります。
そうなると、企業にとってはいつから選考を始めても同じです。4年生でも3年生でも場合によっては2年生で選考しても、結局は自社の面接等で判断する必要があるからです。そうなると、企業はいい人材を採用するためには、早くから多くの人と会う方にメリットがあります。
また面接で判断する比重が大きいので、詳しい話、具体的な話を学生に聞くようになります。そうなれば学生はさらに勉強しなくなり、課外活動によって面接に対応できるエピソードを作ることに力を入れるようになります。
これは、学生・大学・企業がそれぞれの状況に合わせて最もメリットがある行動をすることが、結局は他者に影響し、自分の首を絞めるような行動になっているスパイラルの構造です。
では、なぜこのスパイラルはなくならないのでしょうか。
デフレスパイラルとは、「モノが売れないから値段を下げる」「値下げが企業利益を圧迫し、従業員の給与が下がる」「給与が下がるからモノを買わない」というものです。もともと当事者は自らの置かれた状況に対応して、メリットのある行動をしています。それが回りまわって自らの首をしめているので、なかなか解消しにくいものです。
それに加えて就活と教育の「負のスパイラル」は、より解消されにくい要素を持っています。それは「当事者がなんとなく楽で幸せ」な状態だということです。学生にすれば、勉強するより課外活動にいそしんでいた方が面白いはずです。それが就職活動において役に立つのならなおさらです。
学校の先生からしても、時間を割いて学生の指導に尽力するより、毎年なんとなく同じ授業をしていた方が楽です。ましてやその方が自分の研究に時間を割くことができます。企業の採用担当者側からしても、既に確立している採用方法に則ったほうが安心して採用活動にとりくむことができます。
つまり、当事者である3者(特に学生と先生)にとっては、今がぬるま湯のような状態になっているのです。
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秀凜

ハーバード大学寮―学生が寮で作る「キャンパスライフ」①

「寮生活が一番の学びの場」、住むことと学ぶことが一体の場。
学校の戻るべき姿はここにある。ひとりではなく、皆で協働して成し遂げる経験を積むことが、生きる上で何より必要なことだと思う。
教育寮オープンラボ より転載です
リンク
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■【海外×学生インタビュー】ハーバード大学寮―学生が寮で作る「キャンパスライフ」
「寮生活は一番の学びの場」、そう推奨するハーバード大学。現在在学中の大柴行人くん(Class of 2018)に彼自身の寮生活について紹介してもらいました。
■密な寮生同士のコミュニティつくりは2年生から
ハーバードの寮には、ほとんどの学生が入寮します。入寮していない学生は、休学をしていたりカップルで近くのアパートに同棲していたりしています。
新入生は大学のキャンパス内に何棟かある「一年生寮」に入寮します。そこでまず友達を作ったりみんなで一緒に食事をして、心細さを解消するんですよね。
そして、2年生になってからキャンパス外の住宅地に囲まれた、わりと落ち着いた雰囲気の場所にある「上級生寮」に移ります。もっとも離れた寮同士の距離は徒歩30分ほど。遠すぎてシャトルバスで移動する寮もあります。
その「上級生寮」への振り分けは「ハウジング・デー(Housing Day)」という日に決定します。
1学年が1,600人ぐらいいるのですが、その学生たちが、13のハウスに振り分けられるんです。
ハリー・ポッターの組み分け帽子のようなイメージですね。
各寮に振り分けられた寮の決定通知を、その寮に住む先輩が持って「一年生寮」にいる後輩の部屋に押しかけて、渡してくれるんです。
結局1つのハウスには百数十人が集まるので、顔は大体全員知っていました。仲良くつるむのはそのなかの1/3ぐらいですね。
■寮の特徴は「寮に住む人たち」が作り上げる
メインキャンパスから遠いところにある寮はごはんがおいしかったり、部屋がシングル部屋になっていたり。一方で近い寮は2人部屋の2段ベッドなんてこともあって、寮の環境そのものにも特徴があったりします。僕の周りでも、そうした面で希望が通らず凹んでいる同級生がいました。
ただ、すでに寮に住んでいる先輩たちの特徴や、寮の伝統的な文化に合わせて学生を振り分ける、ということは大学側は考えてないと思います。だから、「スポーツに強い寮」というような、スポーツが得意な人たちが集まることはありません。元々あった評判から、結果的にその寮の学生の意識が高まって、強くなる、ということがあるくらいです。
マスターと呼んでいる、寮長・寮母さんも、寮によって対応が全然違います。夏休みなどの長期休みの時期は、基本アメリカ人は実家に帰るのですが、留学生は実家が国外だったりするので、そのまま寮に残ることが多いんです。そういう時に、ハウスマスターの人が僕たちに食料を残しておいてくれたりするんです。ハウスマスターが教授でもあったりすると、自分の寮でオフィスアワー(Office Hour)と呼ばれる勉強会を開催してくれたりもします。
全寮に共通することがあるとすれば、ぞれぞれの寮に図書館があって、基本的に鍵が開いてるのでほぼ24時間使えることです。ただ、ほとんど自習スペースとしてしか使わないですね。
ほかの大学図書館と同じですよね。ちなみに僕は専攻的に図書館を使わないので行かないです。でも一方で、同じく24時間あいている食堂には、みんな行くんです。僕も、ちょっとがやがやした雰囲気が好きで食堂を使います。録画された授業を他の受講生と一緒に食堂で見たり、勉強したり。少し賑やかではありますが、ひどいときは12時間食堂にいることもあります。
ハーバードの寮は閉鎖的というわけではないのですが、守られている、静かに住むという感覚になるというか、寮に住んでいる教授以外はほとんど外から人が来ないんです。だからこそ、自分たちで寮生活やその寮の文化を作り上げることが出来るんだと思います。だからなのか、あまり他の大学の学生と関わることとかもないんですよね。
学歴社会なので他校の学生を見下す傾向があるので、会うことがあったとしてもMIT(マサチューセッツ工科大学)ぐらいで、ボストン市内の学生と接することはあまりないです。あ、でも、近くの女子大の学生と付き合ってる人がいる、といった話は聞いたことがあります。(笑)
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(②につづく)
 




孫市

ハーバード大学寮―学生が寮で作る「キャンパスライフ」②

教育寮オープンラボ より転載です
リンク
(①のつづき)
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■学年を追うごとに学生主体になっていく寮内イベント
一年生寮で開催されたイベントは、全体的に学生生活をサポートしてくれるものが多かった印象があります。
寮ごとのまとまりがないんで、基本的に全体で行動するのですが、週に1回、同じ棟の10~20人でパーティーがあるんです。博士課程の学生などがその棟の管理人になってくれていて、週に1回メンターとしてスタディー・ブレイクというお菓子をつまみながら勉強や雑談をする会を開催してくれたり、学期に1回は授業の計画や生活面の相談に乗ってくれたりします。「履修登録のサポート」みたいなテーマが設定されて、皆で相談会を開いたこともありました。
2年生になってからは、「大人びた」イベントが多いイメージです。アルコールを寮から提供されるパーティーもあります。楽しくしゃべる社交的なものが学期に3,4回あるような形です。スポーツ対抗戦に関しては、日本の早慶戦みたいに一気に盛り上がるより、ずっと長期的に応援しているんですよね。スケジュールが把握できていないのですが、毎月違うゲームを行っています。そのスケジュールは食堂のホワイトボードに書いてあって。有志で参加することができます。USオープンの決勝のようなプロスポーツをパーティールームで一緒に観戦することもありますね。学生が主体的に企画をしている。僕は勉強会のほうによく参加していますが…。
■学業のために必要不可欠な環境である「寮」
高校時代に日本で電車通学をしていた僕にとって、通学時間がない寮生活は実利的なことですが一番うれしいことでした。寮の中にはジムも食堂もあり、移動に費やす時間が減ったおかげで、友達に会いに行ったり、イベントやオフィスアワーに参加できました。
日本の大学に通う友達が高校の友達との関係のほうが密だと話しているんですが、寮の友達とは圧倒的に親しくなるし、関係も濃いとおもいます。
ただ、僕は、生活だけではなくて、勉強をしているときに、一番寮に住んでいることのありがたさを感じました。大学の宿題や課題は本当にきついし、ハーバードの学生は追い込むことが好きな人が多いんです。だから徹夜になったり、苦しくなることもあるんですけど、すぐ隣にいるから助け合えるんです。
大学2年になると、寮外の自分の専攻に近い教授の方がアドバイザーとして学生たちについてくれるのですが、忙しいのでめったに会えないんです。そんなときはオフィスアワーで大学院生や大学の上級生が助けてくれます。彼らもすぐ隣の寮に住んでいるので、遅い時間まで付き合ってくれるんです。同じ寮の仲間とは明け方までいろいろなことで語り合ったりすることもあります。
寮生活がないハーバード生の課題に取り組む環境って、ものすごい孤独感に襲われると思うんです。だから、本当に寮の「近さ」と「仲間」は課題でおしつぶされそうになる僕たちの心の支えになるんです。
■寮生活は学生が作り上げる
「教授よりも友達からのほうが得られる学びは多い」とよく聞きます。始業式のスピーチなどで大学側からも離されるくらいですし、私もそう思います。たしかにイベントの企画は学生がするし、教授もあまり来ないですし。
日本の学校は、先生の目を気にしすぎてあまりやらないほうがいいのかな、という空気があるイメージ。ハーバードは学生を自由にさせているから、皆企画できるのかもしれないです。
学生同士が心の支えになるような関係性があって、共に学び合って日々の寮での生活を楽しもうという姿勢があるからこそ、学生生活がとても充実しているんだと思います。
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(転載おわり)




孫市

日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している①

軍隊をモデルに作られた学校は、何も考えない人間を生産するためにある。
以下、DARKNESSさん(リンク)より引用
* * * * * * *
多くの日本人は勘違いしているのだが、物を覚えるというのと、考えることができるというのは別のものだ。
・覚える。
・考える。
この2つは似ているようで、まったく違う。覚えるというのは、世の中の原理原則を覚え、歴史を覚え、仕組みなどを記憶するというものだ。
しかし、「覚える」というのは単なる基本であり、本来はそこからさらに飛躍しなければならない。それが「考える」というものだ。
学校が物を覚えさせる場所であるというのは誰でも知っている。しかし、考えさせているのだろうか。
日本の教育は、構造的に「覚えさせても、考えさせない」という教育になっている。覚えさせても、考えさせないのである。「考える」という部分を軽視している。
なぜか。それは、学校が何のためにあるのかを考えれば理解できるかもしれない。学校とは、社会で通用する人間を作り出すところだからだ。日本で「社会に通用する」というのは、サラリーマンになれるということでもある。
■教育とは子供を規格化するという側面がある
学校は最終的に子供を社会で通用する人間に「矯正」する場所である。子供を規格化するのだ。
日本では国民の8割がサラリーマンであることを考えると、日本の学校で重要な使命は「日本人がサラリーマンとして通用するように規格化すること」と言うことになる。
ここに問題がある。サラリーマンとは、「上司の言うことをよく聞いて、口答えせず、言われたことを忠実に行い、不満があっても黙々と働き、集団生活を優先する」ということができる人間でなければならない。
だから、日本の教育はその現状に沿って、そういった人間を作り出す仕組みになっているのである。上記の特徴を、もう一度よく考えてみて欲しい。あることに気づかないだろうか。
「上司の言うことをよく聞く」とは、自分の意見を持たないで指示待ちの人間になるということである。つまり、自分で「考えない」ことが重要だ。
「口答えしない」と言うのも、自分の意見を殺して会社の意向を無条件で重視するというものだ。つまり、自分で「考えない」ことが重要だ。
「言われたことを忠実に行う」というのも、ロボットのようになるということであり、それはすなわち自分で「考えない」ことが求められている。
「不満があっても黙々と働く」という奴隷のような状態も同じで、「考えないようにする」ことで達成できる。
「集団生活を優先する」というのも、結局は自分の意見や考えよりも会社集団を尊重するということであるから、「考えない」ことで達成できるのだ。




紺碧空

日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している②

引き続き、以下、DARKNESSさん(リンク)より引用
* * * * * * *
■「よけいなことを考えるな」というメッセージ
サラリーマンは考えることよりも、考えないことが求められる職業である。何をどうするかという部分についても「考えさせない」ために、企業は「マニュアル」を用意している。
マニュアルというのは、実は人間を「考えさせない」ためのものであることに気づかなければならない。
マニュアルは効率化とサービスの均質化を生み出すので企業にとっては好都合な存在だ。
しかし、逆に考えると、それを行う人間には「この通りにやれ」という強制になる。
誰もが同じ手順でやるように強制し、一切の例外を認めさせない。マニュアルは、「よけいなことを考えるな」というメッセージなのである。
サラリーマンが考えていいのは、会社が「考えろ」と強制した部分だけだ。それ以外の部分は「考えないこと」が期待されている。
それもそうだ。考えるというのは、自分の意見を持つということだ。考えて自分の意見を押し通すというのは、集団よりも個人を優先するということなのだ。
サラリーマン全員が、自分の好き勝手にあれこれ考え始めると、統制が付かなくなる。
だから、あれこれ「考えない」で、言われたことだけを完璧に実行するロボットのような人間を企業は欲しがり、学校はそれを意識的にも無意識的にも読み取って、そのようになるように子供を矯正していく。
学校に課せられた使命は、「上司の言うことをよく聞いて、口答えせず、言われたことを忠実に行い、不満があっても黙々と働き、集団生活を優先する」人間を作り出すことなのだ。
そして、国民の8割が学校を卒業してサラリーマンになるのだから、その教育は成功していると言うことができる。
■日本の教育では「考えさせない」ことが使命
ところで、人間はいろいろ物を覚えさせれば自然に「考える」人間になってしまう。しかし、日本の教育では「考えさせない」ことが使命としてある。
教育の現場では、どうやって子供たちを考えさせないようにしているのだろうか。それには、次の5つによって、成し遂げられている。
(1)暗記を押し付けて「考えさせない」
(2)苦手を押し付けて「考えさせない」
(3)制服を押し付けて「考えさせない」
(4)規則を押し付けて「考えさせない」
(5)団体行動を押し付けて「考えさせない」
暗記をひたすらやらせると、考えるヒマがない。だから、学校は考える余裕がなくなるほど、暗記させる。
暗記教育が悪いわけではないが、暗記重視によって考えるという部分が消失してしまうようにしているのは問題だ。
得意を伸ばさず、苦手を克服するように仕向けるのも、考えさせるのを嫌にするための手法だ。
誰もが苦手なものを考えるのは苦痛だが、その苦痛を押しつけることによって、考えることそのものを苦痛にしてしまう。その結果、誰も考えなくなってしまう。
制服を押しつけるのも、個性を殺して「考えさせない」ための有益な手法である。
細かい規則を守らせるのも、団体行動を強制するのも、すべて「考えさせない」で「従わせる」ためのものなのである。学校が馬鹿げているほど細かい規則を守らせるのはなぜか。
究極的には「何も考えず、黙って従う」人間を作り出すためだ。日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出していると言っても過言ではない。
あなたは考えているだろうか? あなたの受けた教育は、社畜になるための教育だったのだから、「自分を取り戻す」ためには、学校で覚えたことはすべて忘れる必要がある。
以上引用終わり




紺碧空

«大人になると人生が”楽”になる

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